アートを通じた世代間交流におけるファシリテーターの「プレゼンス(存在感)」の役割:理論的背景と実践への示唆
アートを通じた世代間交流におけるファシリテーターの「プレゼンス(存在感)」の役割:理論的背景と実践への示唆
アートを通じた多世代交流の実践において、ファシリテーターの役割は単にプログラムを進行したり、技術的なサポートを行ったりすることに留まらず、参加者一人ひとりが安心して自己表現し、他者と繋がりを築ける「場」を創出することが求められます。この「場」の質に深く関わる要素の一つとして、ファシリテーター自身の「プレゼンス(presence)」、すなわちその場に「どのように存在しているか」という質が挙げられます。本稿では、この「プレゼンス」という概念が、多世代アート交流におけるファシリテーションにおいていかに重要であるか、その理論的背景に触れつつ、具体的な実践への示唆を提供することを目的とします。
「プレゼンス」とは何か:多様な視点からのアプローチ
「プレゼンス」という言葉は、心理学、セラピー、教育、演劇、武道など、様々な分野で用いられており、その定義は文脈によって異なります。しかし共通するのは、「今、ここに在る」という意識の状態や、他者との関係性の中で醸成される「存在感」や「受容性」といった側面です。
例えば、心理学においては、セラピストの「プレゼンス」がクライアントとのラポール形成や、深いレベルでの変容に不可欠であると論じられることがあります。これは、セラピストが自身の内面に気づき、クライアントの体験に対して開かれ、偏見なく「共にある」状態を指すことが多いようです。また、教育分野では、教師の「プレゼンス」が生徒の学びへのエンゲージメントや教室の雰囲気づくりに影響を与えることが指摘されています。
これらの分野における「プレゼンス」の概念を多世代アート交流の文脈に援用すると、ファシリテーターの「プレゼンス」とは、単に物理的にそこに居るというだけでなく、自身の内面と向き合いながら、参加者やその場の状況に対して意識的に開かれ、受容的かつ応答的に関わろうとする姿勢、そしてそれが他者に醸成する安心感や信頼感を伴う「存在の質」と理解することができます。
アートファシリテーションにおける「プレゼンス」の特殊性
アートを媒介とした世代間交流において、ファシリテーターの「プレゼンス」は特有の重要性を持ちます。アート活動は言語化が難しい感情や感覚に触れる機会を提供し、参加者の内的な世界を表現するプロセスを含みます。このような非言語的、感覚的、感情的な領域に深く関わる活動において、ファシリテーターの「プレゼンス」は以下のような側面で影響を与えます。
- 安全性の担保: アートを通じた自己表現は、時に脆弱性を伴います。ファシリテーターが受容的で安定した「プレゼンス」を持って存在することで、参加者は「何を表現しても受け止められる」という安心感を得やすくなります。これは特に、異なる世代間での価値観や表現方法の違いがある中で、互いを尊重し合うための基盤となります。
- 非言語的コミュニケーションの促進: アートそのものが非言語的な表現媒体であるため、ファシリテーターの「プレゼンス」もまた、言葉だけでなく、表情、声のトーン、身体の姿勢、間合いといった非言語的な要素を通じて参加者に伝わります。これらの非言語的サインは、参加者のリラックス効果や、創造的なエネルギーの解放に影響を与える可能性があります。
- 共創プロセスのサポート: 多世代アート交流では、参加者同士が協力して一つの作品を制作したり、互いの表現に触発されたりする共創プロセスがしばしば生まれます。ファシリテーターの「プレゼンス」は、参加者間の相互作用を促進し、創造的な流れを滞らせないよう、注意深く「共に在る」ことでこのプロセスをサポートします。
多世代交流における「プレゼンス」の重要性
多世代が集まる場では、年齢、経験、価値観、身体能力など、多様な違いが存在します。これらの違いは豊かさの源泉である一方で、時にコミュニケーションの障壁となる可能性も秘めています。ファシリテーターの「プレゼンス」は、こうした多様性の中で、参加者全員が「ここにいて良い」と感じられるような包括的な空間を創り出す上で極めて重要です。
異なる世代間の参加者は、過去の経験や社会的な役割から、特定の態度や期待を持つことがあります。ファシリテーターが、そうした個々の背景や感情を、判断することなく「共に受け止め」、それぞれの存在を尊重する姿勢を示すこと(これも「プレゼンス」の重要な側面です)は、世代間の相互理解や共感的な繋がりを育む上で不可欠となります。若い世代の自由な発想を年配の世代が好奇心を持って受け止めたり、年配の世代が持つ技術や物語を若い世代が敬意を持って聴いたりするような質の高い交流は、ファシリテーターの安定した「プレゼンス」によって支えられることが多いと言えるでしょう。
実践への示唆:「プレゼンス」を高める、または意識するための視点
ファシリテーターの「プレゼンス」は、単に持って生まれた資質ではなく、意識的な取り組みや自己探求を通じて育むことができるものです。以下に、多世代アート交流の実践において「プレゼンス」を高め、より意識的に活用するための視点をいくつか提案します。
- 自己認識の深化: 自身の感情、思考、身体感覚に気づく練習は、「プレゼンス」の基盤となります。マインドフルネス瞑想やボディスキャンなどの手法を取り入れ、自身の内的な状態を観察する時間を設けることが有効です。自分が今、参加者やその場の状況に対してどのように感じているのかを知ることは、応答的な関わり方を可能にします。
- 非言語的なコミュニケーションへの意識: 自身の表情、声のトーン、ジェスチャー、姿勢などが、参加者にどのような印象を与えているかを意識します。また、参加者の非言語的なサイン(表情が硬い、身体がこわばっているなど)にも注意を払い、言葉にならないニーズを読み取る感性を磨くことも重要です。
- 受容性と非判断的な態度: 参加者の発言や表現、感情を、良い悪い、正しい間違いで判断せず、そのまま受け止めようと努めます。特に、世代間の意見の相違や、アート表現の「上手さ」「下手さ」に囚われず、プロセスそのものや参加者の主体性を尊重する姿勢が求められます。
- 「共在(Being With)」の実践: 参加者と同じ空間、時間を共有する中で、プログラムを進行することだけに焦点を当てるのではなく、「共に在る」ことを意識します。これは、参加者の隣にただ静かに座って作業を見守ったり、一緒に素材に触れたりするような、意図的な「余白」や「間」の創出にも繋がります。
- スーパービジョンやリフレクション: 自身のファシリテーションにおける「プレゼンス」について、他のファシリテーターや専門家からのスーパービジョンを受けたり、自己リフレクションを深めたりすることも重要です。自身の盲点や、特定の参加者との関係性におけるパターンに気づくことができます。
まとめと今後の展望
多世代アート交流におけるファシリテーターの「プレゼンス」は、単なる技術や知識を超えた、その「在り方」に関わる重要な要素です。安心・安全な場の創出、世代間の非言語的コミュニケーションの促進、そして共創プロセスのサポートにおいて、ファシリテーターの受容的で開かれた「プレゼンス」は不可欠な基盤となります。
「プレゼンス」は一度獲得して終わりではなく、それぞれのプログラムや参加者の特性、そしてファシリテーター自身の内的な状態によって常に変化しうるものです。したがって、自身の「プレゼンス」に対して意識的であり続け、自己探求と実践を通じてそれを育んでいく姿勢が、多世代アート交流に関わるファシリテーターには求められます。
今後、この「プレゼンス」という概念が、アートファシリテーションの研修や評価のフレームワークにおいて、より明確に位置づけられ、研究が進展していくことが期待されます。理論的な理解を深めつつ、日々の実践の中で自身の「プレゼンス」を意識し、磨いていくことが、より豊かで実りある多世代アート交流の実現に繋がるものと考えられます。