多世代アート交流における「共につくる」プロセス:理論的背景と実践事例
多世代アート交流における「共につくる」プロセス:理論的背景と実践事例
アートを通じた世代間交流は、近年、その多様な効果が注目されています。特に、単に同じ空間で活動するだけでなく、共に一つのものを創造する「共創」のプロセスは、世代間の理解を深め、新たな関係性を構築する上で重要な鍵となります。本稿では、多世代アート交流における共創プロセスに焦点を当て、その理論的背景と具体的な実践事例を通じて、このアプローチの可能性を考察いたします。
共創プロセスとは:多世代アート文脈での定義
共創(Co-creation)は、元来、ビジネスやサービス開発の文脈で、提供者と顧客が価値を共生的に創造するプロセスを指す言葉として用いられてきました。アートの領域においては、アーティスト、参加者、地域住民などが、作品やプロジェクトのコンセプト立案から制作、発表に至る過程を共に歩むアプローチを指すことが多くあります。
多世代アート交流における共創プロセスは、異なる世代の人々がそれぞれの経験、知識、スキル、感性を持ち寄り、共通のアート表現を創造する過程です。これは単なる技術の伝達や指導ではなく、互いの存在や視点を認め合い、対話や共同作業を通じて、当初予期しなかったような表現や関係性を生み出す可能性を秘めています。このプロセス自体が、世代間の障壁を取り払い、新たなコミュニケーションの形を生み出す重要な機会となります。
共創を促進する理論的背景
多世代アート交流における共創プロセスを理解するためには、複数の理論的視点が有用です。
- 参加型アート論: 参加者の主体性や共同性を重視する参加型アートの視点は、共創プロセスの基盤となります。ニコラ・ブリオーの「関係性の美学」が示唆するように、アート作品そのものだけでなく、参加者間の関係性や相互作用から生まれる社会的コンテクストもアートの価値として捉える考え方は、多世代間の関係構築に焦点を当てる本テーマと親和性が高いと言えます。
- 社会構成主義: 知識や意味が個人の中に単独で存在するのではなく、社会的な相互作用を通じて構築されるという社会構成主義の視点は、共創プロセスにおける対話や共同作業の重要性を強調します。多世代間の経験や価値観の相違は、新たな視点を導入し、より豊かな「共通理解」や「共通のアート言語」を共に創り出す機会となります。
- コミュニティアート論: 地域や特定のコミュニティを基盤とするコミュニティアートは、アートを触媒とした社会変革やコミュニティ形成を目指します。多世代が参加する共創プロセスは、コミュニティ内の結束を強め、多様な声が反映される場を創出し、ウェルビーイングの向上に寄与する可能性を持っています。
- 発達心理学・社会心理学: 異なる世代の発達段階特性や社会的な相互作用における心理を理解することは、多世代間の共創を円滑に進める上で役立ちます。例えば、エリクソンの発達段階論における世代性(generativity)の概念は、上の世代が下の世代を導き、社会に貢献しようとする欲求を示しており、これが共創における知識や経験の継承といった側面に繋がります。また、集団力学や協同学習に関する知見は、効果的なワークショップデザインやファシリテーションに応用できます。
これらの理論は、なぜ多世代間の共創が意義深いのか、そしてどのようにすればより効果的なプロセスを設計できるのかについての洞察を提供してくれます。
実践事例から学ぶ共創プロセス
多世代アート交流における共創プロセスは、様々な素材や手法を用いて実践されています。いくつかの事例を通じて、その多様なアプローチを見ていきましょう。
- 事例1:共同壁画プロジェクト ある地域のコミュニティセンターで行われたプロジェクトでは、小学生から高齢者までが参加し、地域の歴史や未来像をテーマにした壁画を共同制作しました。初期段階では、参加者全員でテーマに関するブレインストーミングを行い、それぞれの世代が持つイメージや物語を共有しました。次に、小さなグループに分かれて下絵を作成し、それを統合するプロセスを経て、最終的なデザインを決定しました。制作段階では、絵を描くのが得意な人、色塗りが好きな人、道具の準備を手伝う人など、参加者一人ひとりが役割を見つけ、互いに教え合い、助け合いながら作業を進めました。このプロセスを通じて、参加者間に自然な対話が生まれ、世代を超えた友情や尊敬の念が育まれました。完成した壁画は、単なる作品としてだけでなく、世代が共に創り上げたコミュニティの象徴となりました。
- 事例2:世代間ストーリーテリングと表現 別の事例では、高齢者が自身の人生経験や地域の昔話などを話し手となり、若者や子供たちが聞き手となってストーリーを収集しました。集められたストーリーは、参加者全員で共有され、それを元に演劇、ダンス、音楽、映像、絵画など、多様なアート形式で表現するワークショップが行われました。このプロセスでは、話を聞くこと、解釈すること、そして自分の感性を通して表現することという、異なる役割とスキルが求められました。高齢者は自身の記憶が新たな形で生き生きと表現されることに喜びを感じ、若者や子供たちは普段触れることのない歴史や人生観に触れる貴重な機会となりました。共創されたパフォーマンスや展示は、世代間の相互理解とエンパシーを深める効果をもたらしました。
- 事例3:デジタルツールを用いた共同創作 現代においては、デジタルテクノロジーを活用した共創も可能です。あるプロジェクトでは、オンラインツールを用いて、遠隔地に住む多世代の参加者が共同で詩や物語を作成し、それに合わせたデジタルアートやサウンドを制作しました。参加者は非同期で作品に貢献したり、オンラインミーティングでアイデアを交換したりしました。このアプローチは、地理的な制約を超えて多様な世代の参加を可能にするだけでなく、デジタルネイティブ世代とそうでない世代が互いのスキルを教え合い、新しい表現方法を学ぶ機会を提供しました。ツールの使い方を教える若者と、豊かな言葉遣いやアイデアを提供する高齢者といった形で、新たな教え・教えられる関係性が生まれました。
これらの事例は、「共につくる」プロセスが、完成作品のみならず、その過程における参加者間の相互作用、学び、そして関係性の変容に大きな価値があることを示しています。
共創プロセスにおける課題とファシリテーションの役割
多世代間の共創プロセスは、多様性ゆえの難しさも伴います。異なる体力、集中力、コミュニケーションスタイル、価値観、そしてアート経験のレベルを持つ人々が、共に目標に向かって作業を進めるためには、慎重な計画と柔軟な対応が必要です。
主な課題としては、以下が挙げられます。
- コミュニケーションの障壁:世代間で異なる言葉遣いやツールの使用慣習
- スキルや経験の差:特定の技術習得に要する時間や取り組み方の違い
- 意見の対立:価値観や表現方法に関する意見の相違
- 参加意欲の維持:プロセスが長引く場合や、期待と現実のギャップ
これらの課題に対処するためには、ファシリテーターの役割が極めて重要になります。効果的なファシリテーターは、単に作業の指示を出すだけでなく、参加者間の対話を促進し、異なる意見を調整し、一人ひとりが安心してプロセスに参加できる心理的な安全性を提供します。また、参加者の多様性を強みとして捉え、それぞれの特性が活かされるような役割分担や活動内容を柔軟にデザインする能力が求められます。プロセスの各段階で立ち止まり、参加者と共に振り返りを行い、進行方向を調整する「プロセスデザイン」の視点も不可欠です。
結論:共創プロセスが拓く多世代交流の可能性
多世代アート交流における「共につくる」プロセスは、単にアート作品を生み出すだけでなく、世代間の障壁を越えた深い相互理解と新たな関係性を構築する強力な手段となり得ます。参加型アート論、社会構成主義、コミュニティアート論などの理論は、このプロセスの社会的・心理的な意義を深く理解するための枠組みを提供します。実践事例は、多様な手法やテーマを通じて共創が実現可能であることを示しています。
もちろん、共創プロセスは常にスムーズに進むわけではなく、多様性ゆえの課題も存在します。しかし、それらの課題に丁寧に向き合い、ファシリテーターが適切なサポートを行うことで、困難を乗り越え、予期せぬ創造性や豊かな人間関係が生まれる可能性が高まります。
今後、多世代アート交流の実践においては、「何を創るか」だけでなく、「どのようにつくるか」という共創プロセスそのものに、より意識的に焦点を当てることが重要になるでしょう。共創の理論的背景を理解し、多様な実践事例から学び、そして参加者の声に耳を傾けながら、試行錯誤を重ねることで、世代を超えたより豊かで意味のあるアート交流が実現されていくものと考えられます。この探求は、私たちの社会における世代間の繋がりを再構築し、共に未来を創造するための重要な一歩となることでしょう。