プレイフルネスの視点から探る多世代アート交流の可能性:創造性と関係性を育むアート実践
はじめに:多世代交流における「遊び」と「プレイフルネス」の意義
アートを通じた多世代交流プログラムは、異なる世代間の相互理解を深め、豊かな関係性を築くための有効な手段として広く認識されています。これらの実践において、参加者が持つ創造性や表現力を引き出すと同時に、世代間の心理的な壁を低くし、開かれたコミュニケーションを促進する要素として、「遊び」や「プレイフルネス」が果たす役割は大きいと考えられます。
しかし、「遊び」という言葉は往々にしてレクリエーションや娯楽といった側面で捉えられがちです。本稿では、より深層的な概念である「プレイフルネス(Playfulness)」に焦点を当て、それが多世代アート交流の実践と理論にどのように寄与するのかを探求します。プレイフルネスを意図的にプログラムデザインに取り入れることで、参加者の主体性や創造性がどのように刺激され、世代を超えた関係性がどのように育まれるのかについて考察を進めます。
プレイフルネスとは何か?理論的背景とその特性
プレイフルネスは、単なる遊びの行動そのものを指すのではなく、個人が持つ傾向性や態度を指す概念です。心理学や教育学の分野で研究が進められており、内発的な動機に基づき、不確実性や曖昧さを楽しむ姿勢、探求心、ユーモアの感覚、自己への肯定的な捉え方などがその特性として挙げられます。成人期においてもプレイフルネスは存在し、創造性、問題解決能力、ストレス対処能力などと関連が深いことが示唆されています。
芸術活動においては、未知の素材に触れる実験的なプロセス、予定調和を乗り越える偶発性、そして失敗を恐れずに試行錯誤する姿勢などが、プレイフルネスと深く結びついています。プレイフルネスが高い人は、新しい表現技法を試みたり、他者との共同制作において柔軟な発想を示したりする傾向があると言えます。
多世代交流におけるプレイフルネスの重要性
異なる世代の人々が集まる場では、価値観の違いや経験の差から生じる遠慮や緊張が存在することが少なくありません。このような状況において、プレイフルネスは以下のような重要な機能を発揮します。
- 心理的障壁の低下: 遊び心やユーモアのある雰囲気は、世代間の形式的なコミュニケーションの壁を取り払い、リラックスした相互作用を促進します。これにより、参加者は自身の考えや感情をよりオープンに表現しやすくなります。
- 非言語コミュニケーションの活性化: アートを通じた身体的な表現や、素材との直接的な関わりは、言葉に頼らないコミュニケーションを豊かにします。プレイフルネスは、この非言語的なやり取りをより自由で創造的なものにします。
- 共体験の深化: 共に笑い、共に試行錯誤し、予期せぬ発見を分かち合うプロセスは、世代を超えた強い連帯感を生み出します。プレイフルネスは、このようなポジティブな共体験を促進する触媒となります。
- 創造性の促進: プレイフルな態度は、常識にとらわれない自由な発想や、異質なもの同士を結びつける能力を高めます。多世代それぞれの視点が融合することで、予期せぬ、そしてユニークな創造が生まれる可能性が広がります。
- 安心できる場の形成: 失敗を恐れず、実験を楽しめるプレイフルな環境は、参加者にとって心理的に安全な場を提供します。特に、アート経験の少ない高齢者や、自己表現に苦手意識を持つ若年層にとって、これは重要な要素となります。
プレイフルネスを育むアート実践のためのヒント
多世代アートプログラムにおいてプレイフルネスを意図的にデザインするには、いくつかの実践的なアプローチが考えられます。
プログラム設計の視点
- オープンエンドな素材と手法の活用: 完成形が厳密に定まっていない、多様な解釈や使い方が可能な素材(例:粘土、様々な種類の紙、布、廃材など)や手法(例:コラージュ、ミクストメディア、即興的な身体表現)を取り入れることで、参加者の自由な発想や実験を促します。
- プロセス重視のアクティビティ: 結果の「上手さ」ではなく、素材と戯れるプロセスや、他者との相互作用そのものを楽しむことに焦点を当てたアクティビティを組み込みます。
- 偶発性を歓迎する構造: 予期せぬ色の混ざり合いや、偶然できた形などを「失敗」としてではなく、「面白い発見」として肯定的に捉えることができるようなプログラム設計を心がけます。共同制作であれば、他者の意図しない行為を受け入れ、自身の表現に取り込む柔軟性が求められます。
- 「問い」のデザイン: 完成を急がせるのではなく、「この素材で何をしたら面白いだろう?」「もし色が言葉だったら、どんな会話になるかな?」といった、探求心を刺激するような問いかけをファシリテーターが行います。
ファシリテーションの視点
- ファシリテーター自身のプレイフルな態度: ファシリテーター自身が遊び心を持って場に関わることは、参加者にプレイフルネスを伝染させる上で非常に効果的です。完璧主義を手放し、共にプロセスを楽しむ姿勢を示します。
- 肯定的なフィードバックと受容: 参加者のどんな表現も否定せず、その試みやプロセスを肯定的に受け入れます。特に、世代間の表現スタイルの違いに対するリスペクトを示すことが重要です。
- ユーモアとリラックスできる雰囲気作り: 過度な厳粛さを避け、笑いや軽い冗談が生まれやすい雰囲気を作ります。ただし、誰かを傷つけるようなユーモアは厳禁です。
- 実験を奨励する声かけ: 「こうしてみたらどうなるかな?」「もっとぐちゃぐちゃにしても面白いかもね」など、参加者が安全に実験できるような声かけを行います。
プレイフルネスを取り入れる上での課題と展望
プレイフルネスを多世代アート交流に取り入れることは多くの可能性を秘めていますが、いくつかの課題も存在します。全ての参加者が等しくプレイフルネスを発揮できるわけではありません。過去の経験や性格、その日の体調などによって、参加者のプレイフルネスへの向き合い方は異なります。ファシリテーターは、個々の参加者のペースや状態を注意深く観察し、無理強いすることなく、それぞれの参加者が心地よく関われるように配慮する必要があります。また、プログラムの目的(例:特定のスキル習得、特定のテーマの探求)とのバランスをどのように取るかという点も検討が必要です。単に「楽しい時間」で終わるのではなく、プレイフルなプロセスを通じて、世代間の相互理解や創造性の発揮といった本来の目的にどのように繋げるかを意図的にデザインすることが求められます。
今後は、プレイフルネスが多世代交流にもたらす具体的な効果について、より詳細な研究や質的な調査が望まれます。どのようなアート手法やファシリテーションのアプローチが、異なる世代のプレイフルネスを効果的に引き出すのか、また、プレイフルな交流が参加者のwell-beingや関係性の質にどのような影響を与えるのかといった問いに対し、実践と理論の両面からの探求が進むことが期待されます。
まとめ
多世代アート交流におけるプレイフルネスの視点は、単なるプログラムの「楽しさ」を増すだけでなく、世代間の心理的な壁を低減し、非言語コミュニケーションを活性化させ、共体験を深化させ、そして参加者それぞれの創造性を解き放つための重要な鍵となり得ます。プレイフルネスを育むアート実践は、自由な実験を奨励する素材や手法の選択、プロセスを重視するデザイン、そしてファシリテーター自身のプレイフルかつ受容的な態度によって支えられます。この視点を取り入れることは、多世代が共に豊かで創造的な時間を過ごし、深いレベルで繋がり合うための新たな可能性を拓くことでしょう。今後の多世代アート実践において、このプレイフルネスという概念が、より広く探求され、活用されていくことを願っております。